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ありえない。
まままさか、このワタシが、仕事の上でこんな初歩的なミスを侵そうとは…。
どんな小さな仕事でも、いつも真面目に一生懸命。
それがワタシのスタイルだった…はずなのだが。
油断大敵。
そう。
今回ばかりは、油断してしまった。
人任せにして、安心してしまったのだ。
事は、2時間ほど前に遡る。
今日は、陰鬱な取材日である。
この頃、ワタシはライターという職業をしながらも、人に話を聞くのが苦手だった。
いや、こちらが聞きたい話を上手にまとめて話してくださるのなら喜んで聞くのだが、
「取材?かったりぃな」的な相手から話を引き出すテクニック
…もちあげたり、なだめすかしたり、いかにも感心したフリをしたり…が必要なケースや、
自分勝手に話を広げてしまうヤツの方向修正をするテクニック
…気分を害せず話題を移したり、取材時間内に聞かねばならんことをどうにか引き出したり…といった、
要はこちらの思惑を理解してくれないマイペースな輩との対話技術に、全く自信がないのだ。
自信がないので、やる気が出ない、という訳である。
取材相手によっては、「ぜひ、ウチの宣伝を!」と待ちかねて対応してくれる方も当然いるので、
この場合はこちらも立場よろしく、気分もよろしく、まずスムーズに事が運ぶ。
先方も、宣伝したい内容を自ら考えて用意してくれていることが多かったりする。
非常に、やりやすい。筆も運ぶというものだ。
対して、こちらの意図を理解してくれない取材相手というのは、つまりワタシらの媒体で宣伝する必要性を感じていない人々、ということになる。
既に、有名だからだ。
むしろ、あらゆる媒体がこぞって話題づくりのために「取材させてくださいっ!」と押しかけてくる立場である。
これは、非常に、やりにくい。気の小さいワタシなどにとっては、本当に、やりにくい。
相手は有名人である。
直接お会いして、話ができるというのだから、普通の感覚なら「超ラッキー」とばかりに喜ぶのではあるまいか。
無論、そういう気持ちもなくはないが、嬉しい気持ちよりなぜか
「申し訳ないっ!」
「貴重なお時間をこんな詰まらない取材の相手をさせてしまいっ!」
という気持ちが先に立ってしまうのが、ワタシというパーソナリティなのである。
この貧乏臭い根性を、世間では“負け犬”と呼ぶのであろうか…。
おまけに、ワタシは殆どの有名人に興味がない。
この会社に勤めていた頃、フロア中が大騒ぎになるほどの大物俳優から直接電話がかかってくるという事件があった。
「ちょっとちょっと、○○から電話あったんやで!」
と言われ、さすがのワタシもやや聞き覚えのある名前だったので、驚いた風を装い、
「ええーー…(??)」
と反応したものの、やはり親しい相手はワタシの表情から「??」の部分を見抜くもので、
「アンタ…もしかして、知らん?」
「・・・・・・はい・・・・・・」
このように、名前と顔が一致しない有名人は、今でも多数存在している。やばい?
他にも、同僚のJ嬢とNHKに取材に行った時のこと。
待ち時間の間、J嬢がしきりに目配せをして合図を送ってくる。
「え?え?」
と言いながらキョロキョロするも、そこには派手な格好をしたオジサンが座っているだけである。
オジサンは、全体に、紫色に輝いている。
しかし、それだけである。
「だぁ~かぁ~らぁ~!」
しびれを切らせ始めたJ嬢、最終的には
「もう、いいわ…」
とあきらめのため息をつき、話題終了。
聞けば、そのド派手オジサンこそが、なんとかいう有名人だったらしい。
ああ、もう、教えてもらっても忘れちまいましたよごめんなさい…。
こんな調子なので、仕事で回ってくる取材相手は、まず9割9分、何の関心も知識もない相手である。
付け焼刃で知識を詰め込み取材に臨むも、不幸なことに、ワタシという人間は感情がよーく顔に出るタイプなので、
興味がないこと、自信がないことが、相手に筒抜けのバーレバレなのだ。
そこで強気に出ることができればまだしも、どんどん弱気になり、焦りが昂じてゆく…。
焦れば焦るほど、一夜漬けの知識はスカーーッとまあ気持ちよく頭から抜け落ちてゆく。
そうすると、間をつなげとばかり、言わなくてもいいことを口走ったりしてしまう。
ある映画監督の取材には、事前の試写会に遅刻して観ることができず、ビデオを鑑賞して臨んだのであるが、
準備不足からくる自信のなさと緊張のあまり、開口一番、
「実は映画館で見れなくてビデオでしか観てないんですが」
!!!!
…言った直後に激しい後悔が体を貫いた。
そこは嘘でも、素晴らしい映画だったということだけを伝えるべきであろう…。
この監督は優しい人だったので
「そうですか、ぜひ、スクリーンで観てくださいね」
で済んだのであるが、第一印象を著しく損なったことは、まず間違いない。
ちなみに、この映画はビデオでしか観てなくとも本当に素晴らしい作品でした。
監督、これからの作品も、期待してます(涙)
また、せっかく相手が話題を振ってくれたとしても、頭が空っぽになっているせいで、
「はあ」とモニャモニャした相槌だけで話が終了したり、
「えへへ」と笑ってごまかしたり、
まるで話が膨らまない。
だんだん、まるで自分が痴呆になったかのように感じてくる。
悪夢だ。
あのジャズシンガーの取材なんて…思い出したくもない。
詳しくは、言わないが。
ジャズの世界は、思った以上に深いんだね…ということだけは、身にしみて分かった。
このように、数度にわたる失敗経験により、すっかり有名人の取材に対してナーバスになっていたのだが、
この仕事は毎月のように巡ってくる。
そして、今回の取材は、もう2時間後に迫っている。
(つづく)
さて、安物の鎌を振るいはじめて数十分。
新居の庭は、まず15畳以上はあろうという広さで、問題の雑草は特に、子どもの頃はよく手を切って痛い思いをさせられた“カヤ”が中心ときている。
カヤが生えた庭なんか、まともなお宅では見たことがない。
カヤというのはたいてい、ススキが生えるような空き地に群生するものと相場が決まっている。
いくら、いつまでも住む家でないといったって、これではみっともなさすぎる。
少なくとも、“ガーデン”というカタカナで呼べるような代物では、ない。
ここまで状況が悪いと、かえってやる気が湧くものである。
突然の人間の襲来に驚いたトノサマバッタにショウジョウバッタが飛び交う中を、いろんなポーズであらゆる角度から鎌を振るったりしてみる。
顔にはうっすら笑顔さえ浮かんでいるから、どこか怪しい。
しかし、この調子ではいつ刈り終わるのか、まるで見当もつかない。
と、その瞬間、背後に春風のように涼しげな声がした。
「あらあらあら~、草刈ってるの?そりゃ大変じゃろ?」
顔を上げるとそこにはいつの間にか、ふっくらツヤツヤの健康そうな顔に優しい表情を浮かべた、50代くらいと見えるおばちゃんが立っていた。
聞けば、真向かいの明るいお宅に娘さん一家と一緒に住んでいるという。
「奥さん1人じゃ、無理じゃあ」
やばいご近所さんだ、とやや身を固くしながら、いや~すごい雑草ですね、でもまあなんとかなるでしょナハハ、などと言いながら顔にうすら笑いを貼り付けて刈り続けるワタシ。
引越しのご挨拶も、そこは最近の若者らしく全くしていなかったので、この機会を利用してややどもり気味の自己紹介なんぞを済ませる。
話が尽きれば人は去ってゆくもの…
そう考えていた私は、ここの人たちの親切っぷりを甘く見すぎていた、と思う。
「奥さん、やっぱり無理じゃ。うちもいつも、隣の○○さんに刈ってもらってるのよ。言うてきてあげるから、ね?」
いやいや~、そんなの悪いですって、自分でやりますって、とかなんとか焦っているうちに、はす向かいから肩掛け式の自動草刈機をかついだ人の良さそうなおっちゃん登場。
年の頃は60代と見える。
草刈機はそれなりに重そうだったので、ますます慌てたワタシは、うわぁ、じゃあ、それ、すいませんけど貸してくださいっ、やってみますから~、と訴えた。
しかしおっちゃんは逆に心外そうな表情で、草刈機を手放す様子はない。
「いいのいいの、○○さんは、好きでやってるんだから~。やってもらったらいいとよ!」
ポカンと口を開けて見守るうちに、あれよあれよと雑草どもが草刈機のウイーーーンというエンジン音と共に刈り取られてゆく。
おばちゃんが言うとおり、おっちゃんはご近所の庭仕事を手伝うのが趣味だそうで、
「ずっとこの庭をどうにかせんと、と思ってたんですよ。けど、人ん家だし、勝手にする訳にもいかんしね?」
と、今度は枝があっちこっちに張り出していた垣根の剪定までやり始めた。
すると垣根の奥に、アシナガバチの巣を発見!
おっちゃんが殺虫剤を取りに家に戻る。
今度は、別のおばちゃんを連れて出てきた。
両手にキンチョール(大)を1缶ずつ握りしめている。おっちゃんの奥さんである。
「ひゃあ~こりゃ大きい巣じゃ、危ない、危ない!」
と、右手と左手のキンチョールを同時に目一杯プッシュしながら大騒ぎだ。
向かいのおばちゃんは
「二刀流じゃねぇ~」
とニコニコしている。
そうこうしているうちに、隣の畑の持ち主である別のおばちゃん登場。
「みんなええ人じゃろ?うちの畑も、いつもキレイにしてもらってるんよ」
更には、今やどこの人だったのかも分からないおっちゃん登場。
「この庭は、最初はきれいな芝生だったんだけどねえ、もう雑草にやられて、元に戻すのは無理じゃないかねえ」
しかし、はす向かいのおっちゃんはやる気満々で
「人が勝つか、草が勝つか、じゃね。草を刈り続けとったら、そのうち、芝生が生きてくるよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・。
その後、冬から春にかけての草取りを怠けたため芝生はまだ蘇っていないが、
しびれを切らしたおっちゃん、おばちゃんが頃合を見てワタシを庭仕事へと誘い出す。
朝、ベッドの中で、草刈機の音が聞こえれば、その距離を耳で確かめる。
音が近いようなら、自宅の庭の可能性アリ!とベッドから飛び起きて馳せ参じる。
ご近所さんは、みんな早起きだ。
今では、家の裏手に畑がひと畝できている。
もちろんワタシはクワもスキも持っていないので、9割方がおっちゃんの作品である。
ワタシがパジャマのままでトマトやナスの様子を確かめに行く頃には、雨も降ってないのにその部分の土だけがしっとり湿っている。
すでに、水遣りが終わっているのだ。
玄関前には、ちょっとした花壇もできた。
メインで植わっているのは、おっちゃんのお宅にあった「ローズダリス」という木で、親切にも引っこ抜いて移植してくれた。
ワタシもワタシなりに、小さな木を買ってきてあったのだが、それは小さすぎるということで屋内でしばらく育てなさい、とのこと。
また、庭先でよく見かけるマリーゴールドの苗を買ってくれば、おっちゃんがかのローズダリスの周りに見事な等間隔で植えてくれた。
まるでクリスマスツリーのようだ。
どうやら、この「ガーデニング」について、あまりワタシの自由は残されていないらしい…。
昨日は、空いたスペースにこっそりミニバラを植えてみた。
おっちゃんは、花にはあまり関心がないようで、ミニバラちゃんへの今朝の水遣りはこの手で実行できた。
それから、「そんな高いのもったいないよ」と言われながらも、雑草避けにと生垣の下に15kg398円の玉砂利を敷いてみた。
うむ、美しい。
ふと気が付けば、裏の窓から畑の野菜をウキウキしながら覗いている自分がいる。
パソコンやゲームからは得られない何かが、そこにあるから…かもしれない。
一時期、ちょっとセレブな奥様や、一人暮らしの清楚な(?)女性なんかを対象として、本に雑誌にTVにともてはやされ、今なお人気が続いているステキな趣味だ。
もちろん、ワタシには興味関心、一切ござらぬ。
なぜって?
考えてもみてほしい。
おじいちゃんの畑で青虫にまみれて収穫を手伝い(ほんの時々ね)、野山の雑草をちぎっては食べ(これはしょっちゅう)、下生えに群がる昆虫やカエルを採取しては嫌がられ(これもしょっちゅう)、かたつむりレースに興じてきた(梅雨時の風物詩はコレ)…
そんなワタシが、なぜ今更、「ガーデニング」なんてカタカナになったくらいで「シャレた趣味だわ~」なんて感心することができようか?
雑草や昆虫と戯れたこともない、海にはスーパーの切り身が泳いでいると思い込んでいる都会モンのくせに、なーにがガーデニングじゃい、ってなもんである。
…と、御託を並べてみたが、要は「めんどくさーい」のだ。
パソコンや本や、TVにマンガがあれば、1日なんてあっという間じゃない。
一体全体、どうしてわざわざ、植物なんぞに金子に手間暇かけなきゃならんのか?
こちとら、観葉植物の水やりで目一杯、精一杯だちゅうの。
自然たっぷりの九州の地に引っ越すにあたって、周りの友人知人たちからもこの「ガーデニング」が満喫できるんじゃなあい?と勧められたものだ。
そういえば、事務所中から忌み嫌われていた、前に勤めていた会社の女部長にも、
「あらあ、いいわねぇ、野菜畑つくりなさぁ~いよぅ~? 娘つれて体験学習に行くわぁ、オーッホホホ」
と高らかに笑いかけられた。
この女部長、「パワハラ」という言葉を地でいく強烈な個性を持っており、一緒に仕事をしていると手には脂汗、額に冷や汗、話す言葉は打ち震え…その破壊力はゴジラも顔負けという人物なのだが、なんとワタシの直属(専属?)の上司だった。
ようやくその呪縛から逃れられると思っていた矢先だったので、上の台詞を聞かされた時には顔で笑って心で泣いて、葛藤ここに極まれりといった胸の裡だった。
トラウマが強すぎて長くなったが、これは余談。
もちろん退社後、彼女とは一切の連絡を断っている。ホッ。
閑話休題。
新天地で入居した物件は、広い庭付きの2階建て一軒家。
というと聞こえがいいが、その実、築20年になろうかという、ところどころにガタが出始めたお宅だ。
(これでも、不動産屋を巡った中では一番、良い方だったのだが。)
猫の額のような都会の地に住んでいる人ならきっと憧れるであろう、ガーデニングし放題のはずの広い庭も、これまで住んだ人たちが手入れを怠ったのだろう、9月に本州から渡ってきてみれば、夏を越えた雑草がモッサモッサと腿にも届かんばかりに生い茂っている。
これにはさすがのワタシも、
「ここは破れ家か!?」
とうんざり。
不動産屋に電話しても「一度刈ったんですがねぇ…雑草はすぐ生えますからねぇ…仕方ない」で終わり。
泣く泣く、ホームセンターで安い鎌を購入し、草負けしない完全装備に身を固め、
「カヤよドクダミよハハコグサよ、いざ尋常に勝負!」
(つづく)